こんにちは、
就活をしていると東京大学大学院で森林減少と所得の関係を研究している修士二年の、海外で家を建てるサークルで代表していた横尾昂志という肩書まみれの固い自己紹介になってしまいますが
鎧を脱いでただの夜活大学院生のよこびーです。
先日2年間目指し続けたJICAに内定をもらい、就職活動が終わりました。
やったぁああ!!!\(^_^)/🎊
2年前、JICAの新卒採用を書類で落ちて、泣くほど悔しくて絶対に2年後リベンジしてやると誓ったあの時、、、、
それから大学院受験をして東大の国際協力学専攻に入り、広がった世界、それでも変わらない国際協力を目指した理由
ネパールで助けきれなかった被災者の目に宿る絶望、
片足のない物乞いの少年が何の曇りもない目で当たり前のように僕にお金をねだる。
まるで生まれたときからそうかのように、、
それは当たり前じゃないよと伝えるネパール語も持たず、どうすれば彼を助けれらるのかわからず、そこにいる何もできない自分、、、、
いま、自分にとって節目の時期に、なぜここまで国際協力に拘るかを振り返っておこうと思いました。
高校生のころに大学生がカンボジアに学校を建てるという映画を見て、そこに出てくる主人公の、自分の持てるすべてを誰かに使おうとする姿に惹かれて、大学入ったら俺も途上国でボランティアするぞ!!と意気込んでました
そして大学一年生でネパールの震災支援をしに行きました。
震災を受けて半年、人の生活に与えた打撃の深刻さと、震災がなくても社会的な理由から生まれる貧困を感じて、この地獄みたいな現状を変えたい!と強く思ったんです。
その時の同行したメンバーは24人で、みんな僕より年上で優秀で、経験豊富で、僕より世界が見えている人たちでした
でも彼らが口を揃えて言っていたのが『ボランティアでは世界を変えられないから、一人一人の現地の人の笑顔を大切にしたい』『自分たちは無力だから現地の現状を日本でも伝えていきたい』
彼らの言い分はほとんどが正しかったですが、でも何か一つ納得がいかなかったのです。
日本に帰国してもう一度原体験の映画を見ました。
言い忘れましたがその映画のタイトルは『僕たちは世界を変えることができない』というものです。
その映画をほとんどが素晴らしいと思いましたが、何か一つ納得がいかなかったです。
(改めて今見ると完全に世界を変えることなんてできないから、できることをやろうという意味合いに捉えられますが、その時は問題を根本から変えることを諦めているように捉えてしまいました)
自分が本当に心を痛めた現状に対して、全く歯が立たないなんてことが嫌でした。
一緒にネパールに行った尊敬すべき仲間も、自分のきっかけになった映画も”世界を変えられない”という真実を突き付けてきて、ただひたすらにそれが悔しかった。
もっと多くの人を助けたいと思って何が悪い。分不相応にも遠くの国の人の幸せを願ってしまって何が悪い。
6年たった今でも絶えない心の熱に誓って、あの時”世界を変えることができない”に反例を示そうと試みたことは間違いなんかじゃない、と思います。
それが僕の原動力です。
0.000001%しか世界を変えられないならそれを0.000002%にしたい
そのために
自分の所属するボランティアサークルを拡大して
全国規模で家を建てるボランティアを斡旋して、
積み重ね続けて今、
その国の根本に関わるプロジェクトに携われる未来を掴むに至りました。
あの土地の被災者や物乞いの子どもを助けるのは国であるべきだ。国が本来すべきことを国ができる状態にしたい。だからJICAを目指した。
目指していて辛いことはいっぱいあって、やめてしまいたい理由なら10個も100個もあった。でもそのすべてがちっぽけに見える1つがあった。
ネパールの物乞いの少年を助けたいと心の底から願ったことと、彼を助けられないということに抗いたいかった。
これからもお前には世界を変えられない!JICAには世界を変えられない!そんな言葉に抗いづけて、力をつけて世界を変えます。
300文字で済むことを1500文字で書いてしまいました笑